有料老人ホームに入居する際に支払う「入居一時金」は高額になることが多く、入居者が亡くなった際に一部が返還されるケースがよくあります。この返還金の課税関係は、「誰が入居一時金を負担したか」「契約上の受取人は誰か」によって複雑に変わります。

入居一時金の仕組み

入居一時金は、居住費やサービス提供の前払い金としての性格を持ちます。一定期間(償却期間)をかけて償却され、その途中で退去・死亡した場合、未償却部分が返還される仕組みが一般的です。

入居者本人が負担していた場合:原則として相続財産

入居一時金を入居者本人が支払っていた場合、死亡時の返還請求権は「金銭に見積もることができる経済的価値のある権利」として、被相続人本来の相続財産に該当します。実際に受取人へ入金された相続開始時点の金額を相続財産として計上し、遺産分割の対象にもなります。相続発生後に入金されるため見落とされがちですが、無申告のまま受け取ると申告漏れになるため注意が必要です。

契約上の「受取人指定」があっても、原則は本来の相続財産

入居契約に「死亡時の返還金受取人」が指定されていることがありますが、裁決事例では、これは事業者側の返還事務の便宜のために定められているに過ぎず、受取人に当然に返還金が帰属する趣旨ではないと判断されています。つまり、生命保険金のような「受取人固有の財産」とは異なり、指定された受取人は「亡くなった入居者に代わって受け取る立場」に過ぎず、返還金は原則として本来の相続財産として扱われます。

相続人以外が受取人の場合はみなし贈与財産になることも

ただし、契約構成によっては、入居者の死亡を停止条件として受取人が事業者に対し直接返還請求権を取得する「第三者のためにする契約」と解釈され、その受取人が経済的利益を得たものとして「みなし贈与財産」(相続税法9条)と判断された裁決例もあります。この場合、受取人が被相続人から他の財産も相続していれば、相続開始前3年(改正後は段階的に7年)以内の贈与加算の対象として、相続税の課税対象になります。

配偶者の入居一時金を他方が負担していた場合

夫婦で入居し、一方(例えば夫)が他方(妻)の入居一時金を負担するケースもよくあります。この場合、入居契約上の入居者(妻)が債務者となる契約であれば、支払い時点で夫から妻への贈与とみなされる可能性があります。ただし、次の要件を満たせば「扶養義務者間の生活費の贈与」として贈与税が非課税になります。

  • 配偶者が高齢・要介護状態で、自宅介護が困難になり施設入居が必要になったこと
  • 配偶者自身に一時金を支払うだけの資産がなかったこと
  • 施設が過度に豪華でなく、介護生活に必要な範囲のものであること

実際に、約900万円の入居一時金が非課税と認められた裁決例がある一方、約1億3,370万円の高額な入居一時金は非課税と認められなかった事例もあり、金額の大きさや施設の水準によって判断が分かれています。

贈与課税を避けるための実務対応

入居契約において、一時金の支払義務者を実際に資金を負担する配偶者自身にしておけば、贈与の問題は生じにくくなります。契約上、資力のない配偶者が契約当事者にならざるを得ない場合は、資金負担者と入居者を連帯債務者とし、入居者側の内部負担割合をゼロにする契約にしておく方法もあります。

未払いの利用料・退去精算費用は債務控除の対象

死亡時点で未払いだった利用料や退去時の精算費用は、相続税の計算上「債務控除」の対象になります。また、施設利用料のうち医療的ケアに相当する部分は、所得税の医療費控除の対象になることもあります。

申告先の税務署にも注意

相続税の申告先は、被相続人の「生活の本拠」を管轄する税務署です。老人ホームに入居していた場合、住民票上の住所ではなく、実際に生活していた老人ホームの所在地を基準に申告先を判断する点に注意が必要です。

実務のポイント

入居一時金の返還金は、支払者・契約内容・受取人指定の組み合わせによって課税関係が大きく変わる、判断の難しい論点です。契約書の細部(誰が支払義務者か、返還金の帰属に関する条項がどうなっているか)を正確に確認し、疑問があれば入居契約の段階から税理士に相談しておくことをおすすめします。