◆ 30秒でわかる要約

  • 農業を営む相続人が農地を相続し、農業を継続する場合、評価額のうち「農業投資価格」を超える部分に対応する相続税の納税が猶予される
  • この制度は「免除」ではなく「猶予」——農業をやめれば猶予税額と利子税をまとめて納付することになる
  • 三大都市圏の特定市にある一般農地は原則対象外だが、生産緑地の指定を受けた農地は納税猶予の対象になる
  • 納税猶予が免除されるまでの営農継続期間は、生産緑地の所在区域(三大都市圏の特定市は終身、特定市以外の市町村は20年)などで異なる

1. なぜ「農地」だけ特別な扱いなのか

農地の相続税評価は区域・農地の区分で異なり、市街地農地では宅地比準方式等により高額になることがあります。評価額どおりに相続税を課すと、農業を続けたい相続人が納税資金を工面するために農地を手放さざるを得なくなり、日本の食糧生産基盤が失われかねません。通常の相続税評価額と、農業利用を前提とする農業投資価格との差に対応する税負担を猶予し、農業継続を支えるのが、農地の相続税納税猶予制度です。

農業を営んでいた被相続人から農地を相続し、相続人が引き続き農業を営む場合、評価額のうち「農業投資価格」(農地として恒久的に利用されると仮定した場合の価格。国税局長が都道府県ごとに田・畑別で定め、相続開始年の財産評価基準書で確認します)を超える部分に対応する相続税が猶予されます。

2. 実務のポイント

(1) 「猶予」であって「免除」ではない

この特例の最重要ポイントは、あくまで納税が先送りされているだけという点です。相続人が農業をやめたり、農地を譲渡・転用したりすると、猶予税額の納付が必要になる場合があります。譲渡・転用等をした面積が特例農地等全体の20%を超えると、原則として猶予税額の全部と利子税の納付が必要です。20%以下なら原則としてその部分に対応する税額が対象で、収用、一定の買換え、特定貸付け等には別の取扱いがあります。「猶予=免除」と誤解して途中でリタイアを考えていると、想定外の高額納税に直面するリスクがあります。免除されるのは、農業相続人が死亡した場合や、一定期間の営農継続を満たした場合など、決められた事由に該当したときだけです。

(2) 三大都市圏の特定市では「一般農地」は対象外

三大都市圏(東京圏・近畿圏・中部圏)の特定市にある市街化区域内の農地(特定市街化区域農地等)は、1991年の改正により相続税の納税猶予制度の対象から外れています。都市部の農地は宅地化を促進する政策方針のもと、宅地並みの評価・課税がされるためです。ただし例外として、生産緑地の指定を受けた農地は引き続き納税猶予の対象となります。「都市部だから農地の納税猶予は使えない」と決めつけず、生産緑地の指定を受けているかどうかをまず確認する必要があります。

(3) 生産緑地の営農継続要件は所在区域で異なる

納税猶予が免除されるまでの営農期間は区域・農地区分・相続時期で異なります。農林水産省の現行表では、三大都市圏の特定市にある生産緑地地区は終身、特定市以外の市町村にある生産緑地地区は20年です。旧法適用や貸付けを含む経過関係は個別に確認してください。「20年頑張れば免除になる」といった一律の情報のまま止まっていると、実際の要件と食い違ってしまう可能性があります。

(4) 適用には期限内申告・担保提供・3年ごとの継続届出が必要

特例を受けるには、相続税の申告期限(通常は死亡を知った日の翌日から10か月以内)までに特例適用を記載した申告書を提出し、猶予税額と利子税に見合う担保を提供します。適用後も原則として申告期限の翌日から3年ごとの日までに継続届出書を提出する必要があり、未提出のまま提出期限から2か月を経過すると猶予期限が確定します。制度利用を検討する際は、この手続を欠かさないことが前提になります。

(5) 自ら耕作しなくても「特定貸付け」なら猶予は継続する

制度創設時は農業相続人が自ら耕作する場合のみが対象でしたが、現在は農地中間管理事業を通じた「特定貸付け」や、生産緑地における「認定都市農地貸付け」「市民農園向けの貸付け」を行った場合も、納税猶予の対象に含まれるよう改正されています。高齢や後継者不在で自作が難しい場合でも、貸付けという選択肢を検討することで納税猶予を継続できる余地があります。

(6) 「農業相続人であること」が絶対条件

この特例の対象者は、一定の被相続人から対象農地等を相続または遺贈で取得し、農業を開始・継続するか特定貸付け等を行う「農業相続人」です。単に法定相続人であるだけでは適用は確定しません。相続を放棄した人はそもそも対象になりません。誰が農地を承継するかを決める段階で、農業相続人としての要件を満たすかどうかを最初に確認しておく必要があります。