◆ 30秒でわかる要約
- 個人の所得税は累進課税で、課税所得のうち4,000万円超の部分に45%が適用されるが、中小法人の法人税率は年800万円以下15%・超過部分23.2%にとどまる(地方税・実効負担は別途)
- 一般に課税所得(不動産所得)が900万円前後を超えると法人化のメリットが出始め、1,200万円を超える水準が続くなら検討に値するとされる
- 法人化により家族への役員報酬による所得分散や経費計上の幅拡大が可能になる一方、維持コストや事務負担も増える
- 個人所有の不動産を法人に移す際は、時価との乖離が問題になりやすい(VOL.3参照)
1. なぜ「法人化」で税負担が変わるのか
個人の不動産所得(家賃収入から経費を差し引いた儲け)には所得税が課税され、所得税は累進課税のため所得が増えるほど税率が上がり、課税所得のうち4,000万円超の部分には所得税45%(別途、復興特別所得税・住民税)が適用されます。一方、中小法人の国税の法人税率は、年800万円以下の部分が原則15%(一定の場合17%)、超過部分が23.2%です。地方税を含む実効負担は所在地・所得・軽減税率の適用可否等で異なるため、役員報酬・配当・社会保険まで含めた手取りで比較する必要があります。
この税率構造の違いが、不動産オーナーが「資産管理会社」を設立して不動産を法人名義に移す動機になっています。
2. 実務のポイント
(1) 「課税所得900万円」が実務上の一つの目安
900万円は所得税の33%区分が始まる「課税される所得金額」の境目であり、不動産所得そのものや家賃収入の額ではありません。所得金額の合計から所得控除を差し引いた「課税される所得金額」を確定申告書で確認する必要があります。法人化の損益分岐点は、他の所得・所得控除、法人から受け取る役員報酬、社会保険、地方税、設立・維持費、将来の売却まで含めて個別に試算します。1,200万円という水準は法定基準ではなく、目安として使う場合は試算の前提条件を明示する必要があります。
(2) 家族への役員報酬で所得を分散できる
資産管理会社を設立すると、配偶者や子を役員・従業員として迎え、役員報酬や給与を支払うことができます。オーナー1人に集中していた所得を家族に分散することで、世帯全体の税負担を抑える効果が期待できます。ただし、家族役員への報酬は、実際の職務内容・勤務記録・責任・同業水準に照らして金額を決め、株主総会等の決議と定期同額給与などの損金算入要件を満たす必要があり、不相当に高額な部分は損金不算入です。勤務実態と報酬額のバランスには注意が必要です。
(3) 経費計上の幅が広がる一方、公私混同は許されない
個人事業主が計上できる経費は収入を得るために直接要した費用に限られますが、法人であれば福利厚生費や健康診断費用など、業務に間接的に関連する経費も計上できる幅が広がります。ただし、法人でも私的支出を自由に損金化できるわけではありません。健康診断等は、社内規程に基づき対象者を公平に定め、通常必要な範囲で会社が直接負担するなどの要件を満たす必要があり、役員だけの便益は給与課税・損金算入の検討が必要です。会社の資産や現金をオーナーが個人的な趣味・交遊費に使うことも認められません。不動産を私的に利用する場合も、一定の対価を会社に支払う必要があります。「自分の会社だから自由に使える」という誤解が税務調査で最も指摘されやすいポイントです。
(4) 相続税対策としての効果もある
個人で不動産を持ち続けると、家賃収入が個人の財産としてどんどん蓄積され、それに比例して将来の相続税評価額も膨らみます。資産管理会社を通じて家族に所得を分散しておけば、オーナー個人の財産の膨張を抑えられ、結果として相続税の負担軽減につながります。また非上場株式(資産管理会社の株式)の相続税評価は、株主区分、会社規模、土地等保有割合、開業後年数などで方式が変わります。純資産価額方式では一定の評価差額に法人税額等相当額を反映しますが、不動産をそのまま個人所有するより必ず評価額が下がるわけではありません。
(5) 個人から法人への不動産移転コストを事前に試算する
既に個人で所有している不動産を後から法人に移す場合、個人から法人へ不動産を贈与すると、原則として時価で譲渡したものとみなされ、含み益に譲渡所得課税が生じます。法人への売価が時価の2分の1未満の場合も個人側は時価課税となり、2分の1以上でも同族会社との不自然な価格は否認対象となり得ます(VOL.3で扱った適正時価の論点と同じ構造です)。加えて、不動産取得税・登録免許税といった移転コスト、法人側の受贈益、消費税も含めた試算が必要です。含み益の大きい土地は特に譲渡所得税の負担が重くなりやすいため、建物のみを移転する、新規物件から法人名義で取得するなど、移転コストを抑える設計を事前に検討する必要があります。