◆ 30秒でわかる要約
- 相続時精算課税は、毎年110万円の基礎控除部分を除き、贈与財産の価額を将来の相続税の計算に持ち戻す(合算する)制度。2,500万円特別控除は免除ではなく課税の繰延べ
- 一度選択すると、同じ贈与者からの贈与について暦年課税へは二度と戻せない。初めて使う年は選択届出書の提出(翌年2月1日〜3月15日)が必要
- 精算課税で贈与した宅地等は、取得原因が「贈与」のため、評価額を50%または80%減額できる「小規模宅地等の特例」の対象外
- 生前贈与は相続に比べて登録免許税(贈与2.0%/相続0.4%)・不動産取得税(土地・住宅は原則3%、住宅以外の家屋は原則4%)の負担が重く、移転コスト込みの比較が必要
1. 「贈与税がかからない」だけで判断してはいけない
相続時精算課税は、原則60歳以上の父母・祖父母から18歳以上の子や孫への贈与について、2,500万円までの特別控除に加えて、2024年からは年110万円の基礎控除も使える制度です。「贈与税がかからないなら早く不動産を渡した方が得」と考えがちですが、この制度は、毎年110万円の基礎控除部分を除き、贈与財産の価額を将来の相続税の計算に持ち戻す(合算する)制度です。2,500万円の特別控除は税金の免除ではなく、原則として相続時まで課税が繰り延べられるものにすぎません。2024年1月1日以後の贈与については、毎年110万円の基礎控除後の残額が相続財産に加算されます(贈与額の全額が加算されるわけではありません)。
制度の数字は適用単位を区別して押さえる必要があります。2,500万円の特別控除は特定贈与者(この制度を選択した相手方の贈与者)ごとに適用され、期限内申告が要件です。特別控除を超えた部分には一律20%の贈与税が課されます。一方、110万円の基礎控除は受贈者単位で、複数の特定贈与者から贈与を受ける場合は贈与額に応じて按分します。「110万円は受贈者ごとに年1枠、2,500万円は贈与者ごと」という区別です。
不動産の贈与を検討する際は、目先の贈与税だけでなく、将来の相続税への影響、そして後戻りできない制度であるという点を踏まえて判断する必要があります。
2. 実務のポイント
(1) 一度選ぶと、その贈与者からは二度と暦年課税に戻れない
相続時精算課税を選択すると、その選択に係る贈与者(特定贈与者)からの贈与は、選択した年分以降すべてこの制度が適用され、暦年課税へ変更することはできません。同じ贈与者からの贈与について、相続時精算課税と暦年課税を併用することもできません。ただし贈与者が異なれば(父からは相続時精算課税、母からは暦年課税、など)、それぞれ別々に選択できます。「とりあえず使ってみよう」で選べる制度ではない点を、実行前にしっかり伝えておく必要があります。
(2) 初めて精算課税を使う年は「選択届出書」の提出が必要
相続時精算課税を初めて適用する年分については、贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までの間に「相続時精算課税選択届出書」を税務署へ提出する必要があります。年110万円以下の贈与で贈与税の申告自体が不要な場合でも、初回はこの届出書の提出が必要です。提出期限を過ぎてからの選択は原則として認められません。贈与を実行する前に、届出のスケジュールまで確認しておきましょう。
(3) 不動産の贈与だと「小規模宅地等の特例」が使えなくなる
小規模宅地等の特例は、相続または遺贈により取得した宅地等を対象に、区分・要件に応じて評価額を50%または80%(特定居住用宅地等・特定事業用宅地等は80%、貸付事業用宅地等は50%)減額できる制度です。相続時精算課税を使って贈与した宅地等は、相続税の計算上は相続財産に持ち戻されますが、取得原因があくまで「贈与」であるため、この特例の対象になりません。この特例が使えるかどうかで相続税額が数百万円〜数千万円変わることも珍しくありません。現金の贈与であれば問題にならない論点ですが、不動産、特に自宅の土地を贈与対象にする場合は、この特例を失うデメリットと贈与のメリットを天秤にかける必要があります。
(4) 生前贈与は「移転コスト」が相続より高い
不動産を贈与で移す場合、登録免許税は固定資産税評価額を課税標準として、贈与2.0%・相続0.4%と5倍の差があります。さらに贈与では不動産取得税が別途かかります(土地・住宅は原則3%、住宅以外の家屋は原則4%。軽減措置あり)。相続(相続人による取得)では不動産取得税は課されませんが、相続時精算課税による贈与であっても、不動産取得税の扱いが相続と同様になるわけではありません。評価額が大きい不動産ほど、この差は数十万〜数百万円規模になります。「相続時精算課税で贈与税がかからないから得」という見た目だけで判断せず、移転コストまで含めた総合比較が必要です。
(5) 暦年贈与の「7年ルール」も踏まえて選ぶ
暦年課税を選ぶ場合は、相続開始前の生前贈与を相続財産に加算する期間が、従来の3年から段階的に7年に延長されている点に注意が必要です。ただし、この延長は令和6年(2024年)1月1日以後の贈与に適用され、加算期間が実際に7年になるのは令和13年(2031年)以降の相続からです。なお、延長された4年分(相続開始前3年超7年以内の贈与)については、総額100万円まで相続財産に加算されません。早期・長期にわたって計画的に贈与を進める人は暦年課税が有利になりやすい一方、贈与を始めるのが遅い、あるいはまとまった金額を一度に渡したい場合は相続時精算課税が向いていることもあります。どちらが一律に有利ということはなく、贈与額・期間・相続財産の規模によって結論が変わるため、事前の試算が欠かせません。
(6) 値上がりが見込める不動産は相続時精算課税が有利なことも
相続時精算課税では、相続財産に合算される金額は贈与時点の評価額で固定されます。将来値上がりが見込まれる土地であれば、早めに贈与しておくことで、相続時に高い評価額で課税されるのを避けられる可能性があります。逆に評価額が下がる見込みの不動産では、この制度を使うメリットは薄れます。逆に、贈与後に評価額が下がった場合でも、原則として贈与時の評価額のまま相続財産に加算されるため、結果的に不利になるリスクがあります(相続時精算課税で贈与を受けた土地・建物が災害により一定以上の被害を受けた場合には、評価額を再計算できる特例があります)。また、賃貸物件の贈与では、贈与後の家賃収入が受贈者に移ることによる所得分散効果や管理負担も含め、収支全体で比較する視点が重要です。なお、贈与を受けた不動産を将来売却するときの譲渡所得の計算では、取得費・取得時期は贈与者(親など)のものを引き継ぎます。贈与時の相続税評価額がそのまま取得費になるわけではないため、親の代からの値上がり益も含めて、売却時に受贈者へ譲渡所得課税が生じる点に注意が必要です。
(7) 負担付贈与の注意点
ローン残債付きの収益物件をローンごと贈与する「負担付贈与」では、贈与税の計算上、不動産を相続税評価額ではなく通常の取引価額で評価したうえで債務を控除するなど、取扱いが大きく異なります。贈与者側に譲渡所得課税が生じることもあるため、安易に実行せず必ず事前にご相談ください。