◆ 30秒でわかる要約
- 2023年4月の民法改正により、相続放棄後の管理義務は「放棄の時に現に占有していた」人だけに限定された
- 遠方に住んでいて実家を占有していない相続人は、相続放棄すれば管理義務を負わない——以前より大きく緩和された
- 実家に同居していた相続人が放棄する場合は、他の相続人か相続財産清算人に引き渡すまで保存義務が残る
- 相続放棄以外にも、いらない土地だけを手放せる「相続土地国庫帰属制度」という選択肢がある
1. 「放棄すれば無関係」ではなかった旧ルール
遠方にある実家が空き家となり、活用の見込みもなく管理も負担、というケースで検討されるのが相続放棄です。しかし2023年3月までの旧ルールでは、相続放棄をしても、次の相続人が管理を始められる状態になるまでは、放棄した人が管理義務を負い続けるという規定でした。相続人全員が放棄すると、最後に放棄した人(疎遠な叔父・叔母など)にまで管理義務が及ぶ理不尽な結果も生じていました。
この問題を受けて、2023年4月施行の民法改正で、管理義務(現行民法940条における正式名称は「保存義務」。本コラムでは分かりやすさのため「管理義務」とも表記します)の要件が明確化されました。
2. 実務のポイント
(1) カギは「放棄の時に現に占有していたか」
改正後の民法940条は、相続放棄をした者のうち「その放棄の時に相続財産を現に占有している」者だけが、次の相続人または相続財産清算人に引き渡すまでの保存義務を負うと定めています。「現に占有している」とは、必ずしもその不動産に居住していることを意味するのではなく、鍵を管理している、自分の家財を保管している、定期的に出入りして管理しているなど、居住の有無にかかわらず実際にその不動産を支配・管理している実態があるかどうかで判断されます。遠方に住んでいて普段まったく管理に関わっていなかった空き家については、相続放棄をすればこの保存義務を負わずに済むケースが多くなりました。保存義務とは、財産の現状を維持し、倒壊・部材の飛散・雨漏りの放置といった滅失・毀損を防ぐための行為を指し、リフォームや修繕による資産価値の維持・向上まで求める積極的な管理義務ではありません。
(2) 「同居していた相続人」は放棄しても義務が残る
一方、被相続人と同居していた相続人が相続放棄をする場合は話が別です。同居していたという事実そのものが「現に占有している」状態にあたるため、放棄後もその不動産の保存義務が残ります。この義務は、次順位の相続人を含む他の相続人が管理を引き継ぐか、家庭裁判所に選任された相続財産清算人に引き渡すまで続きます。「実家に住んでいたが、負債が多いので相続放棄したい」というケースでは、放棄すれば即座に無関係になれるわけではない点を正しく理解しておく必要があります。
(3) 相続財産清算人の選任には数十万円の予納金がかかることがある
保存義務から完全に解放されるには、家庭裁判所に相続財産清算人の選任を申し立て、その清算人に財産を引き渡す必要があります。この申立てには実費に加え、相続財産に清算人の報酬を賄うだけの価値がない場合、申立人が予納金(20万〜100万円程度)を負担するケースがあります。相続放棄によって管理義務を完全に断ち切りたい場合、この予納金の負担を織り込んだ判断が必要です。
(4) 保存義務を怠ると損害賠償請求のリスクが残る
保存義務を負っている間に建物を放置し、瓦の落下や倒壊で第三者に損害を与えた場合、民法717条の工作物責任により賠償責任を問われる可能性があります。また、自治体から「特定空家」に指定され行政代執行で解体された場合、その費用を請求されるリスクも完全には排除できません。管理義務が緩和されたとはいえ、占有している間の完全な放置は禁物です。なお、保存義務を負うかどうかと、固定資産税の納税義務を負うかどうかは別の問題です。相続放棄をした場合、その不動産についての固定資産税の納税義務は生じませんが、保存義務は別途、上記の要件に従って判断されます。
(5) 相続放棄以外に「相続土地国庫帰属制度」という選択肢がある
相続放棄は預貯金や有価証券などプラスの財産も含めてすべて放棄する制度です。「不要な土地だけ手放し、他の財産は相続したい」という場合には、2023年4月に始まった相続土地国庫帰属制度が選択肢になります。一定の要件(建物がない、担保権が設定されていない、境界が明らかであるなど)を満たせば、土地の所有権を国に引き取ってもらうことができます。なお、この記事で扱っている「空き家」は建物付きの土地であるため、そのままでは相続土地国庫帰属制度を利用できません。制度を使うには、あらかじめ建物を取り壊して更地にしておく必要があります。ただし審査手数料や10年分の管理費相当額の負担金が必要になるため、相続放棄とどちらが総合的に有利かは、相続財産全体の構成を見た上で判断する必要があります。