◆ 30秒でわかる要約
- 収益物件の売却では土地は非課税・建物は課税。課税されるのは課税事業者が事業として建物を譲渡する場合で、生活用の自宅の売却などは対象外
- 納税額は原則課税か簡易課税かで大きく変わり得る。簡易課税は前課税期間の末日までの届出が必要で、基準期間の課税売上高が5,000万円超の年は選択できない
- 相続で収益物件を取得した場合の納税義務は単純合算ではなく、消費税法10条の特例で判定する(相続があった年は被相続人の課税売上高で判定など)
- 2割特例は2026年9月30日を含む課税期間で終了。免税事業者からの仕入れに係る控除割合も2026年10月以降70%→50%→30%と段階的に縮小される(令和8年度税制改正)
1. 土地は非課税、建物は課税——ここが出発点
不動産売買における消費税の大原則は、土地は非課税、建物は課税というシンプルな線引きです。ただし、建物に消費税が課されるのは、課税事業者が事業として建物を譲渡する場合です。事業者でない個人が生活用の自宅を売却する場合などは、そもそも消費税の課税対象外です。収益物件(賃貸用の建物)の売却は事業として行う資産の譲渡にあたるため、売主が課税事業者であれば建物部分に消費税がかかり、その計算方法(原則課税か簡易課税か)によって納税額が大きく変わることがあります。
試算例で見てみましょう。税込2億1,000万円(建物1億1,000万円・うち消費税1,000万円、土地1億円)の収益物件を売却したとします。売上げに係る消費税額を1,000万円、控除対象仕入税額を60万円と仮定すると、原則課税での納付税額は940万円です。一方、事業用建物の売却は簡易課税では第4種事業(みなし仕入率60%)に区分されるため、簡易課税では1,000万円×(1−60%)=400万円となり、同じ取引で540万円の差が生じます。実際の納付税額は、控除対象仕入税額の実額や課税売上割合、その年の他の取引の状況等によって変動します。また、どちらを選ぶかはその場の任意ではなく、事前の届出状況等によって決まってしまう点が実務上の最大の落とし穴です。
2. 実務のポイント
(1) 簡易課税の届出は「前もって」しかできない
簡易課税を選択するには、原則として適用したい課税期間が始まる前(前課税期間の末日まで)に「消費税簡易課税制度選択届出書」を提出しておく必要があります。「今年、物件を売却したら簡易課税の方が有利だった」と後から気づいても、その年に間に合わせることはできません。収益物件の売却を検討し始めた時点で、翌年以降の届出スケジュールを逆算しておくことが重要です。なお、届出をしていても、基準期間の課税売上高が5,000万円を超える課税期間については簡易課税を適用できず、原則課税になります。物件の売却代金そのものが基準期間の課税売上高を押し上げ、翌々年の簡易課税適用を失わせることもあるため、複数年で影響を確認してください。
(2) 相続があった場合の納税義務判定は「単純合算」ではない
収益物件を相続した場合の消費税の納税義務は、消費税法10条の特例により、次のように判定します(単純に売上を合算するわけではありません)。
- 相続があった年: 相続人自身の基準期間の課税売上高が1,000万円以下でも、被相続人の基準期間の課税売上高が1,000万円を超えるときは、相続開始日の翌日からその年12月31日までの取引について納税義務が生じます。
- 相続があった年の翌年・翌々年: 相続人の基準期間の課税売上高と被相続人の基準期間の課税売上高との合計額が1,000万円を超える場合に納税義務が生じます。
- 共同相続の場合: 被相続人の課税売上高は、各相続人の相続分に応じて按分して判定します。
さらに、相続があった年に物件を売却する場合は、相続開始日と売却日(契約日と引渡日のどちらを譲渡の時期とするかを含む)の前後関係によって判定の区分や納税義務者が変わるため、必ず時系列を確認してください。本人単独では免税事業者の水準でも、この特例判定で課税事業者に該当するケースは珍しくなく、「免税事業者のつもり」のまま売却を進めると、簡易課税の届出をしていない限り原則課税で計算することになります。
(3) 建物と土地の按分方法も要注意
一括で売買された土地建物では、建物部分にのみ消費税が課されるため、売買代金を土地と建物に区分する必要があります。区分は、契約書に消費税額等の記載があればそれを基に建物価額を割り出す方法のほか、時価の比率による按分、固定資産税評価額の比率による按分などの合理的な方法によります(消費税法基本通達10-1-5参照)。どの方法を採用するかによって課税対象額そのものが変わるため、採用した方法の根拠を説明できるようにしておくことが必要です。
(4) 2026年10月は制度の大きな転換点
インボイス登録を機に課税事業者となった小規模事業者向けの「2割特例」は、2026年9月30日を含む課税期間をもって終了します(個人事業者は2026年分が最後です)。令和8年度税制改正では、その後を受けて、個人事業者である適格請求書発行事業者(インボイス登録がなければ免税事業者となる方に限ります)について、2027年分・2028年分の納付税額を売上税額の3割とできる経過措置が設けられました。この措置は個人事業者が対象であり、法人には当然には適用されません。
また、免税事業者(インボイス発行事業者以外の者)からの仕入れについて仕入税額相当額の一定割合を控除できる経過措置は、控除割合が2026年9月30日までの80%から、2026年10月〜2028年9月は70%、2028年10月〜2030年9月は50%、2030年10月〜2031年9月は30%へと段階的に縮小されます(令和8年度税制改正)。
この経過措置は買い手側の仕入税額控除の論点です。インボイス登録のない個人などから収益物件を購入する場合、買い手が控除できる消費税額はこの割合までに制限されるため、購入価格の交渉や利回り計算に直接影響します。逆に、免税事業者であるオーナーが物件を売却する場面では、買い手側の控除制限を理由に価格調整を求められることがあります。
不動産賃貸業や仲介業を営むオーナーは、この転換点をきっかけに、原則課税・簡易課税のどちらが有利かを一度立ち止まって再計算する必要があります。一度提出した簡易課税の届出は2年間の継続適用となる点も踏まえ、単年度の損得だけで判断しないことが重要です。
※本記載は令和8年度税制改正大綱に基づくものです。改正法令の成立・公布および国税庁の正式資料公表後に、適用時期・対象取引・経過措置の詳細をご確認ください。
(5) 簡易課税の事業区分は「取引ごと」に判定する
簡易課税のみなし仕入率は、事業者や業種を一括りにして決まるのではなく、取引ごとに事業区分を判定して適用します。不動産関係では、事務所・店舗など課税対象となる不動産の貸付けは第6種事業(みなし仕入率40%)、事業用建物の売却は第4種事業(同60%)に区分されるのが基本です(住宅の家賃はそもそも非課税のため課税売上に含まれません)。家賃収入のある年に建物を売却するなど、複数の事業区分にまたがる場合は区分経理が必要で、区分していないときは、そのうち最も低いみなし仕入率で計算することとされています。そのうえで、実際の課税仕入れの割合がみなし仕入率を上回るか下回るかで有利不利が逆転します。仕入(経費)が少ない業態は簡易課税が有利になりやすい一方、大規模修繕や新規物件購入など多額の課税仕入れが発生する年は原則課税の方が有利になることもあります。
(6) 原則課税なら「課税売上割合」の変動にも注意
原則課税で控除できる仕入税額は、課税売上割合の影響を受けます。住宅の家賃や土地の売却代金は非課税売上であるため、土地建物を一括売却した年は課税売上割合が大きく低下し、控除できる仕入税額が減ることがあります。土地の譲渡が単発的なものである場合には、税務署長の承認を受けて「課税売上割合に準ずる割合」を用いることが認められるケースもあります。売却年の消費税計算は、割合の変動まで含めて事前に試算しておくことをお勧めします。